中古文学関係書籍展示に寄せて (後藤祥子)


 新年に入って,上代文学に引き続き図書館玄関ホールで中古文学作品の古写本複製の展示を開始しました。 ほとんどが

複製ですが,近年購入したばかりの源氏絵原本などもまざっています。昨年秋の和歌文学会大会の折りには、日本文学科の

宝物ともいうべき鎌倉写の伊勢物語・古今和歌集が目玉だったのですが,今回は趣向を変えて古今集などの勅撰集はお休み

し,和歌の分野ではやや傍系の「私家集」に絞ってみました。 私家集は平安時代に盛んに編まれた個人歌集のこと。当時は

「家の集」と呼んだようです。伊勢の御や紀貫之あたりから流行しはじめ,勅撰集編纂の際の最重要な資料となりました。

 昭和六十二年,冷泉家の重宝が文化財指定を受けた中に,定家が集めたコレクションのメモ「集目録」のあったことを御

記憶の方もあるでしょうか(『冷泉家時雨亭叢書14平安私家集一』所収)。 皇室や歌の家に蔵されたさまざまな私家集群

のなかでも抜群の美術的価値を持つのが『西本願寺本三十六人集』です。書写は元永本古今集などとほぼ同じく十二世紀初頭,

かの国宝『源氏絵巻』と同様,殷賑をきわめた白河法皇の後宮あたりで制作されたものかと推測されています。久曽神昇博士

の推測どおり法皇六十賀の贈り物かも知れません。料紙の美しさは比類なく,極上の唐紙や,羅紋・墨流しなど趣向をこらし

た染め紙を惜し気もなく継ぎ,金銀の切り箔,雲母砂子,野毛を撤いた上に,完成の極に達した流麗な仮名はその筆法から

二十人の分担書写であったと推定されています。展示品の元真集もその一つ。 それに対し,坂上是則集(岩崎家蔵)は単独

で残る中古書写の優品で,西本と同じ頃の書写とされます。 三十六人集にはこの他,正保版本(歌仙家集本とも)や御所本

(複製展示)などがあり,集によってはさらに多系統の伝わるものもあります(元輔集など)。 

  源氏物語テキストは昨今,その底本がほぼ大島本(平安博物館蔵,飛鳥井雅康筆,首結は聖護院道増・道澄)に収斂しつつ

あります。定家の校訂にかかる青表紙本と言われる系統の最古完本で,昨年,角川書店から影印が刊行れ,だれでも容易に本文

の姿に触れられるようになりました(中央図書館三階に配架)。 『源氏物語大成』の底本ともなった善本ですが,当今,その

原本に少なからぬ研究者が触れることになった結果,『大成』本文が大島本のおびただしい書き入れの選択肢の一つであった

状況も次第に明らかになってきたのです。 この本の伝来は雅康が好学の戦国武将・大内政弘の為に文明十三年(1481)に

書写した所から始まりますが,飛鳥井・大内両氏の緊密な関係については,本学名誉教授・故大井ミノブ氏に先駆的研究が知

られています(本学紀要l〜3)。 政弘の孫娘が石見の国の戦国武将古見正頼に嫁ぐ際の嫁入り土産だったらしく,正頼はこ

れを愛蔵し,後に長門に西下した聖護院門跡道澄らに桐壷・夢浮橋両巻の書写を依頼,識語はそれを特記したものです(田坂

憲二氏による) この大島本などの祖本とされるのが今回展示に加えた定家自筆本の零本「花宴」「柏木」。いったいに物語の

草子は小さな舛型(正方形に近い)が普通なのに,鎌倉以後こうした縦長の大型本が現われるのは武家の求めに応じたもので

しょうか。東山御文庫蔵の御物本『各筆源氏』の典型的な舛型とまことに対照的です。物語の草子は本来,絵とともに楽しま

れたもの。国宝源氏絵巻には及びもよりませんが,一昨年来,日本文学科の蔵品となった狩野探幽の 『源氏五十四帖図』

(安永二年写)の淡彩源氏絵をお楽しみください。 (学生生活部長・日本文学科教授)