空間としての図書館ー世界の図書館散歩5ー (今井 秀明)


 どの時代でも,その時代精神を反映し,人々に純粋にその空間を語りかける建物がつくられてきた。

そこには,いろいろな行為を飛び越えて,人々に無限で悠久とした時間を与えてくれる空間がある。

特に神という人間の理性を越える絶対的精神が中心となってつくられた空間は,我々がそこに身をひ

たすとき率直にその精神を語りかける。時代の始まりは常に人々に期待と不安を与えながらも,多く

の次への予感を感じさせ,精神を豊かにさせる旅立ち(出発)である。地上の調和を求めてきたルネ

サンスにかわり,天上での調和を求めるバロックの時代。それは新たな科学的探究による事実が絶対

人間中心から,神が導く世界に中心を移行させた時代である。その時代の教会堂・修道院に附属する

図書館は,そこに蔵書される多くの書物に歴史の重みと威厳を与え,その知に対する尊敬の念を感じ

させる無限の空間としてつくられている。その空間は,単なる資料の場,必要な情報の集積の場として

求めるというよりは,そこは神への,また人間の生き方に対する精神修養の場として求めることで,

無限の時の扉を開いてくれる。

<フィリッピーニ修道院図書館>

バロックが華々しく開花したローマ,そのローマ盛期バロックをつくりあげた2人の建築家ジョバンニ・

ロレンツォ・ベルニーニとフランチェスカ・ボッロミーニ。彼等はサン・ピエトロ大聖堂の仕事を通じて,

前時代のルネサンス・マニエリスム,特にミケランジェロから多くのことを学び,バロックという新しい

時代を築きあげ,後世に多くを伝えた。天才的な彫刻家でもあったベルニーニは,古典がもつ均整の

とれた人間的なスケールや,全体的な効果と力強さを引き継いだのに対し,ボッロミーニは,動的で

人間のスケールを越えたブロポーションや新しい細部にわたる独創性を引き継いだ。

 ボッロミーニは,フィリッピーニ修道院で.ここちよい均整のとれた静寂な空間というよりは,動的で

人間のスケールをはるかに越えた,無限で精神性の高い空間をつくり,個性的で独創的な建物にした。

 正面は,ひときわ大きなスケールでつくられ,ゆるやかな曲面で凹凸状の壁面,周囲のスケールから飛び

出した巨大な柱,細部にわたる彫塑的な窓廻り等が,よりこの建物を彫刻的なものにし,しっかりとした

存在感をつくりだしている。

 この大きなスケールと,しっかりとした存在感は,図書館内部でさらに強くなっていく。大きな広間,

それを強調する巨大な柱と,それによって支えられる装飾を供なったうねるように動きを持つ格子天井,

その大きな壁面に沿って登っていくような書棚とそこに収まるおびただしい数の蔵書,それらがつくる

この空間は,現実という尺度を飛び越して,無限の知の集積であるかのようである。左右壁面から差し

込む陽光は,ただ読む行為を助けるとか,象徴性の強いものとしてではなく,方向性のないこの無限空間

を,波のように漂い一冊・一冊の蔵書に命を与え,それぞれがもっている精神を引き出していくかのよう

である。このような動きのある荘厳な空間は,読むとか考えるといった行為というよりは人間の存在をはるか

に越えた時間を支配しているようである。

<ストラホフ修道院神学の部屋・哲学の部屋>

 「北のローマ」「百塔の街」等多くの別名で呼ぱれる1000年の歴史を持つプラハ。「ブラハのバロック」

とまで呼ぱれる美しいバロック建築をはじめ,ロマネスクから近代のアールデコ・キュビズム等,あらゆる

時代の多種・多様な建築が並ぶ魅力ある町である。この町の中央を流れるヴルタヴァ川西岸の小高い丘にある,

プラハ市街が一望できる広場に沿ってこの建物は建っている。12世紀に創立されたボヘミアで最も古い修道院で,

その後の時代に何度か手がくわえられ,今日の姿になっている。

 この正面,18世紀に建ったバロック様式の聖マリア教会右に哲学の部屋が,中庭を囲むように神学の部屋が

建っている。神学の部屋は17世紀につくられ,反宗教改革者クラソツェのものを含め1万6000冊にもおよぶ

蔵書が,左右の書棚に収められている。このホールに置かれた17世紀の天球義を含め,当時の図書館にまつわる

思想を描いた17のフレスコ画と,スタッコ装飾でつくられた美しく特徴あるヴォールト天井がこれらを力強く

つつみ込んでいる。左右から入り込む自然の光がこの天井に立体感を与え,崇高な芸術作品にまで高めて,

見事な聖域をつくりあげている。

 また哲学の部屋は,2層分の高さを持つ天井,天井までとどかんぱかりの書棚に,5万冊にもおよぶ哲学書・

歴史書・文献学書の蔵書が,ぎっしりと収められている。円筒ヴォールトの天蓋と,そこに描かれたマウルベルキュ

作のフレスコ画でつくり出されたのびやかな自然空間の中で,これら蔵書が,まるで知の集積の樹木であるか

のように上にのびている。これらつくりだされた部屋を訪れるとき,時代を飛び越えて知性の神が支配する

無限の空間への旅が始まる。

(建築家・日本大学講師)